江之浦測候所(設計 榊田倫之さん)インタビュー

江之浦測候所(設計 榊田倫之さん)インタビュー

江之浦測候所は、現代美術作家の杉本博司さんと建築家の榊田倫之さんによって設立された建築設計事務所「新素材研究所」によって設計された施設。相模湾を見晴らす建築群の中央にある「夏至光遥拝100メートルギャラリー」は、大谷石が全長100メートルにわたって積まれている。夏至の朝、太陽の光がまっすぐに射し込む方角につくられている。

榊田「古代の人間は太陽の軌道が変わるのを見て、季節が巡り、時が経過することを意識化しました。この施設は、人間の意識の起源を表現するという杉本博司の考えを形にしたものです。一万年後廃墟になり、建築が遺跡になることを想像し、枯れてもなお美しい建築でありたいという思いから、経年である程度風化しても美しい素材を中心に構成しています。大谷石を素材に使うと決めたのは、かなり早かったと思います。日本の軟石、その代表的なものを考えたときに最初に大谷石が浮かびました。軟石というのは、ノコギリで削れるほど軟らかく、建築の世界ではなかなか使いづらい。それでも見ているだけで優しいというか、現代建築らしからぬ表情が出せると思っています。」

新素材研究所では、カタログに載っている材料を使わない。時代の潮流を避け、古代、中世などの旧素材を使って建築をつくることがもっとも新しいと考えている。

榊田「石を見ていると、地球の動き、地球ができた46億年前から現在までの営み、時間に思いを馳せることができます。地下のマグマが塊になって石になる。あるものはダイヤモンドになり、硬い花崗岩になり、大谷石のような凝灰岩になり、場所場所の特性みたいなものが見えてきます。イタリアのビアンコカローラは、地中海のように、またイタリア人のように、からっとはっきりした色をしていますし、例えばブラジルの石は派手。でも、日本の石を見ていると、白でもグレーでもない曖昧な色をしていて、日本らしいと思います。私たちは、日本の石がとても魅力的で大好きです。」

杉本さんと榊田さんは、大谷の丁場(採石場)をまわり、「地球面仕上げ」にたどり着いた。

榊田「フランクロイドライトの設計した帝国ホテルを見ても明らかなように、大谷石の存在は特別なものです。私たちは現代において大谷石をどう使うか。石の丁場に足を運んで実際に石が採り出されるプロセスなどを学び、多くのことを理解した上で施設の最も重要な部分に使いました。私たちが使った大谷石の表面処理に、「地球面仕上げ」というよくわからないネーミングをつけています。(笑) 現場に行くと職人さんがノコギリを挽いて縦目を入れ、下に矢羽みたいなものを入れてポンっと石を起こすんですが、その起きてきた地球側の面を仕上げに使っています。何も仕上げていない。人工的なことをしていません。石が非常に面白いなと思うのは、例えば石を積むときに何も意図せずただ積んだ方が綺麗に見えることがあります。考えた瞬間に、思考や知性が見えてしまい良くないということがあります。建築家は職業柄つい深く考えてしまうのですが、杉本さんとのコラボレーションの中で、考えることからあえて距離をおいた方が良いのではないかという問題提起もしあって、石に対して即物的に向き合っていたように思います。石に対して意図を消し去って向き合うことで、完成したものには、ただそこにある、存在しているというような、記名性や作家性のない石そのものの本質が見えてくるような気がします。」

大谷石に込めた思いとは

榊田「世界中でプロジェクトをやっていると、どこの国に行っても建築が、均質化してきているように感じます。場所の特殊性みたいなものは、あまり感じなくなってきています。そういうものを考え直すきっかけになるだろうと、それが日本を代表する素材である大谷石を使った理由です。大谷石にはとても魅力があります。僕が広報PR大使になってもいいですよ。(笑)」

新素材研究所 榊田倫之さん

榊田倫之(さかきだ・ともゆき)
1976 年滋賀県生まれ。
2001年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科博士前期課程修了後、株式会社日本設計入社。
2003年榊田倫之建築設計事務所設立。その後3年間、建築家岸和郎の東京オフィスを兼務しライカ銀座店などを担当する。
2008年建築設計事務所「新素材研究所」を杉本博司と設立。
2013年より同社取締役所長、杉本博司のパートナーアーキテクトとして数多くの設計を手がける。 現在、京都造形芸術大学非常勤講師。

2019.03.26

江之浦測候所/小田原文化財団 https://www.odawara-af.com/ja/enoura/
神奈川県小田原市江之浦362番地1
TEL: 0465-42-9170(代表)