諸々の日本の近代化産業を支えてきた大谷石 / 塩田 潔(NPO法人大谷石研究会 理事長)

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市内、県内を問わず、県外近郊の都市においても産業の近代化に大谷石が大いに関わってきた。今でも市内外で目につくのは、酒造会社、味噌製造会社等の醸造庫や貯蔵庫に大規模の石蔵が使われている事である。「青源味噌」の醸造蔵と貯蔵庫としての石蔵は、街のランドマークになっている煙突や変化のある屋根群と共に趣のある景観を形成している。酒造会社の酒蔵としては、本町にある「虎屋本店」、柳田町の「宇都宮酒造」にもそれぞれ大きな石蔵があり、酒造りには欠かせない存在である。その他,県内の酒造会社には大きな石蔵を構えているところが多く見られる。石蔵の中で熟成された酒は、味がさらにマイルドになり美味しくなると言われている。

かつて、真岡地方一帯は木綿の産地であった。今も保存されている「料亭金鈴荘(旧岡部呉服店別荘)」や「久保記念館」等にかつての真岡木綿の繁栄が偲ばれる。「久保記念館」は、美術評論家として有名な久保貞次郎氏のゆかりの家であり、最近真岡市に寄贈され、整備されて市の観光交流館として再生された。大谷石で出来た主屋をはじめ、2棟の石蔵は繁栄していた時代の産物と言えよう。久保氏は、真岡小学校に「久保講堂(昭和13年築・遠藤新設計)」を寄贈し、長年芳賀郡地方の芸術祭の表彰式と言えばここで行うのが定番となっていた。芳賀町生まれの筆者も何かの表彰式や野球大会のグランドとしてこの校庭を使用していたので思い出深い。この芳賀郡内の象徴というべき「久保講堂」は、公共建築が集積した田町に移築保存され、国登録有形文化財として今も市民に親しまれている。

今も金融業として地元の商業、企業を支えている「真岡信用組合」が最近新築した「荒町支店」は、ファサードが大谷石積みのグリット状の壁面デザインであり、その敷地に建っていた歴史を刻んできた石蔵のモチーフを待合室の壁面に再現し、残った石を店舗前のポケットパークのベンチに再利用している。木綿の産地として栄えた真岡の歴史を金融面で支えてきたアイデンティティをしっかり継承している。又真岡木綿は江戸時代、江戸の木綿のシェアの6割を占めていた時代もあった。今でも上等な木綿の生地は「特岡」というそうで、特別な真岡木綿生地という意味だそうである。

筑西市(旧下館市)にある「中村美術サロン」は、江戸の後期から明治にかけて真岡木綿の問屋をしていた。その木綿を使用して明治末期から足袋底の製造、販売をしていた。結城紬や真岡木綿の産地に隣接する下館地区は、最盛期には全国の8割を占めるほど足袋底の生産量を誇り、足袋の産地行田市に卸していた。中村美術サロンでは、土蔵造りの店蔵は現在ギャラリーとして、地元の文化勲章受章者の陶芸家板谷波山や同じく洋画家の森田茂の作品を随時入れ替えて展示している。その袖蔵の重厚な防火扉、防火窓を備えた石蔵は、足袋底製品の貯蔵用の出荷蔵として使用されていた。その奥の江戸中期には醤油や酒の醸造蔵だった石蔵2棟も最近はギャラリーとして再生されている。

足袋底を下館市(現筑西市)が卸していた行田市、ここはかつて江戸中期から足袋づくりが行われ、特に明治20年代以降足袋産業が盛んになり、最盛期の昭和13年頃、年間8500万足、全国シェアの8割を生産する日本一の足袋の街として栄えた。その足袋の材料、製品を貯蔵した足袋蔵は土蔵造りで、最盛期には約200棟あったそうで、その土蔵の基礎は、ほとんどが大谷石を使っている。足袋の製造工場は木造の洋風小屋組みであるがその基礎及び腰壁(3段積み)も大谷石を使用している。土蔵の足袋蔵の建設は、明治30年代ミシンが導入されてから本格的になるが、昭和に入ってから大谷石造りの足袋蔵が何棟か造られている。今は、約80棟の足袋蔵が観光用の施設や足袋の博物館やカフェ等の飲食店として再生され、街の活性化に寄与している。

日本の基幹産業であった絹織物産業は、足利、桐生、伊勢崎等両毛地区で発展を遂げた。特にその中心は桐生であった。明治5年富岡製糸所が建設されることにより、日本の輸出の半分が生糸、さらに1/3が群馬県産という時期もあったそうである。桐生市内に今も多く点在する鋸屋根の工場は大正期に入ってから作られるようになり、戦後から昭和40年代までは二百数十棟も存在していた。その後年々減少し、今は用途として芸術工房、博物館、飲食店、和菓子店、美容室、倉庫等として再利用している。その鋸屋根の工場に大谷石積み、深谷産の煉瓦積みが多く使われている。地元太田市産の藪塚石は産出量が少なく建築物の遺構は見られない。近年、重要伝統的建造物群保存地区の指定を受け、街並みも整備されており、観光客も多く訪れている。


真岡市の久保記念館


筑西市の中村美術サロン


行田市の足袋蔵


桐生市の鋸屋根工場(現美容室)


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