大谷石効果の産業活用/藤原浩已 (宇都宮大学地域デザイン科学部教授)

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1.大谷石効果の産業活用の目的・意義
大谷石は食品の熟成効果や防臭・防腐、音響、癒しなど、様々な効果を持つ可能性を有しており、それらを産業に活用することは大谷地区の活性化に大いに資するものと考えられる。そこで、これらの効果を検証し、客観的なデータを収集することにより大谷石の効果を活用した産業の育成と、観光活性化を図る視点から、その産業活用のあり方を研究した。

図1 大谷石空間

2.研究方法
食品熟成効果、音響効果、癒し効果の三つの視点から大谷石の効果について実験、検証を行った。
①熟成効果の検証方法
現在、大谷石の地下空間では定温性(年間を通して8℃前後)や熟成効果を利用し、生ハムや日本酒、ワインなどが貯蔵されている。そこで、大谷石空間の熟成効果の具体的な仕組みについて考察した。また、生ハムを用いて、熟成効果があるとされている大谷石空間と人為的に作った空間とで熟成度の比較を行った。
②音響効果の検証方法
大谷石採掘跡では足音が響き、声を上げれば天然のエコーがこだまする。大谷資料館内の残響は実に6秒を超える。この独特の環境を生かして、コンサートなども開かれている。そこで、大谷石空間がどのような音楽に適しているのか検討を行うとともに、大谷石を吸音材として用いる場合の性能検討を行った。
③癒し効果の検証
大谷石地下空間には神秘的なものを感じさせるような効果があるが、大谷石の持つ暖かみのある独特な雰囲気がそうさせていると思われる。よって、人間がリラックス時に放出する脳波であるα波を測定することにより、大谷石に癒し効果があるのかどうか検証した。

3.研究結果
①熟成効果
食品の熟成には、大谷石に含まれるゼオライト成分と遠赤外線の2つが影響すると考えられる。図2に示したものがゼオライトの結晶である。ゼオライトとは太古の昔火山活動によって生じた火山灰が堆積し、地殻変動によって大きな変圧を受け、約500万年から1000万年の長い年月をかけて生成したケイ酸アルミが主体の多孔質鉱石のことである。ゼオライトはスポンジのような構造(多孔質体)を持っており、オングストローム(1億分の1㎝)という極微小の連続空洞を有している。その空洞の中にガスや水分を吸着する特性がある

図2 ゼオライト

また、ゼオライトは多数のマイナスイオンと強い遠赤外線を放出している。この遠赤外線も食品の熟成には大きな影響を及ぼすものである。遠赤外線は電磁波の一種である。図3に示すように、太陽はガンマー線から電波に至るまであらゆる波長の電磁波を放射している。その中で0.75~1000μmの波長領域が赤外線と呼ばれ、更にその中で4~1000μmの波長領域が遠赤外線である。遠赤外線は光の放射という形で伝わるため、ワインなどに関しても遠赤外線がガラスのビンを通過するため、熟成が進むと考えられる。

図3 遠赤外線波長

遠赤外線による熟成の作用は次のようになる。まず、食品に遠赤外線を当てることにより、食品中の水分子が共鳴振動を起こす。そうすると水分子はクラスター破壊され小さな構造となる(図4参照)。小さな構造となることで水分子は活性化し、そうすることで、腐敗の進行を抑制、つまり鮮度を保持しながら、熟成を進ませることができる。このことにより、食品に関しては味が良くなり、アルコールに関しては口当たりがまろやかになる。

図4 水分子のクラスター破壊

したがって、日本酒・ワインといった「醸造酒」や「蒸留酒」は遠赤外線を使うと短時間で熟成することができる。図-5には東京田町にあるフランスレストランで使用されているワインの大谷石地下貯蔵蔵を示すが、ここでは30年以上に渡ってワインが貯蔵され愛飲家に提供されている。

図5 ワインの大谷石地下貯蔵蔵

それと同じ原理で、味噌、しょうゆ、漬物などの「塩慣れ」も数時間で仕上がる。こういった熟成効果が進むとともに、遠赤外線の投射によってカビの発生が押さえられ、日持ちが良くなりという利点もある。これは、肉や魚にも効果がある。これらのことから、実際の熟成効果の検証とし、ゼオライトを含む熟成環境(大谷石地下空間)と人為的に作った施設での生ハムの熟成度の比較を行った。
肉のうま味成分である遊離グルタミン酸を検出した結果、大谷石熟成生ハムでは、583㎎/100gが検出され、人為的に作った施設での熟成生ハムでは548㎎/100gが検出された。よって、大谷石空間で熟成されたほうの生ハムの遊離グルタミン酸検出量が35㎎/100gほど多く、大谷石空間には熟成効果があることが認められた。

②音響効果
ある環境に適した音楽というものは、残響音で分類することができる。残響時間とは、音が鳴り終わった瞬間からその音圧が60dB減衰するまでの時間のことである。


図6 部屋の各容積に対応した推薦残響時間

 

残響音は平均吸音率を測定することにより求めることができる。平均吸音率から残響時間を求める式は次の通りある。

吸音率測定試験により測定される平均吸音率と、大谷の空間の容積等を上式に代入すれば大谷空間の残響時間が分かり、どのようなジャンルの音楽に適するかが判定できる。また、大谷石を吸音材として適用する場合、要求される音楽に合わせた空間を設計できることも可能であると思われる。
よって、大谷石空間の残響時間を測定することで、大谷石空間に適する音楽の検証と、大谷石を吸音材として用いる場合の検証を行った。試験はJIS A 1405 「音響-インピーダンス管による吸音率及びインピーダンスの測定―定在波比法」に準拠し、管内法垂直入射吸音率測定器により実施した。図7が吸音率測定器である。

図7 吸音率測定器

 

吸音率測定結果を図8および表1に示す。また参考として、他材料の吸音率と比較した。これを表2に示す。


図8 吸音率測定結果

表1 吸音率測定結果

表2 他材料の吸音率

実験結果より、大谷石の吸音特性は合板(木材)ほどの吸音性能は得られないものの、コンクリートやガラスに比べ高い吸音率を有していることがわかった。これは、大谷石がゼオライトを含有しており、空隙構造を有しているためと考えられる。高い吸音率こそ有してはいないが、音響空間に使用する材料として適応可能ではないと考えられ、大谷石の持つ暖かみのある風合いや雰囲気を活用できる可能性は大きい。
また、音響効果は材料自体の特性よりも空間の形状に大きく左右されてしまう。現在の大谷石空間の形状では残響時間がやや長すぎる傾向にある。しかし、空間設計による残響音の調整を行うことにより、大谷石空間を演奏に適した場にすることが可能ではないかと考えられる。
③癒し効果
癒しには、脳のα波が深く関わっている。脳は電気的に動作して情報を処理している。頭の表皮に電極を接触させると、脳波の形で観察することができる。脳波には、下のような5種類に分類されている。
δ波・・・熟睡しているときの脳波
θ波・・・浅い眠りの時の脳波
α波・・・心身ともにリラックスしているときの脳波
β波・・・日常生活を送っているときのごく普通の脳波
γ波・・・起こっている時や興奮しているときの脳波

日常はβ波の状態にあることが多いが、心身ともにリラックスした状態になると、脳波はβ波からα波に変わっていく。そのため脳波のα波を観察することにより癒し効果を把握できると考えられる。
脳は電気的に動作して情報を処理している。頭の表皮に電極を接触させると、脳波の形で観察することができる。よって、大谷石空間内で脳波を観察し癒し効果の検証を行った。
表3にα波含有率が70%以上の出現回数を示す。また、図9に脳波測定の様子を示す。

 

表3 α波出現回数


図9 脳波測定の様子

表3より、一分間にα波の含有率平均出現回数は10.5回となった。これは十分にリラックスした状態であったといえる。また、筋電図が混入しているが、大谷石資料館の温度が低いために表れたものと考えられる。そのため、筋電図が混入している場合は対象外とした。
以上から、大谷石空間において、α波が十分に観測されたため、リラックスできる空間であることが確認できた。よって、大谷石空間は癒しの効果があるといえる。

4.まとめ
大谷石の秘めた効果について実験・検証を行っていくことで、大谷石空間を活用した新たな食資源の開発や音響・癒し空間の創出の可能性が認められた。
本報告は平成16年から18年にかけて行われた宇都宮市商工部商業観光課とともに大谷石効果産業活用研究会を立ち上げで行われた研究事業の成果に基づくものである。


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