大谷石の姿と広がり(その1)/ 酒井 豊三郎(宇都宮大学名誉教授)

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「大谷石(おおやいし)」とは,宇都宮市の大谷で採れる石と言う意味で使われ始めた石の名前であるが,需要が高まり利用される範囲が広がると,産地が異なる石でも類似したものには大谷石の名前が付せられるようになった。日本中で使われている「御影石(みかげいし)」や「大理石(だいりせき)」も,元々は神戸市の御影に産する石であり中国雲南省大理に産する石であったが,現在ではスウェーデン産の御影石やイタリア産の大理石などのように産地とは無関係に用いられるようになっている。一方,「大谷石」については,他の多くの石材産地の石と同様に産地を限定して用いる方向で現在に至っている。文化の構成要員としての「大谷石」については,石材名としての「大谷石」とは少し異なった限定の仕方が必要ではないかと感じているが,まだ定見を持つに至っていない。

「大谷石」は,火山活動によって砕(くだ)かれた火山灰や岩塊(がんかい)など(火砕物)が集まって(堆積して)出来た岩石(火砕岩(かさいがん))の一種で,堆積岩に属する。火砕岩は,それを構成する火砕物の大きさを64㎜以上,64㎜から2㎜まで,2㎜以下 に三分し,その量比に応じて岩石名が付けられている。64㎜以上のものが2/3以上であれば「火山礫岩」,64㎜以上のものが2/3以下1/3以上であれば「凝灰角礫岩(ぎょうかいがんかくれきがん)」と名付け,64㎜以上のものが1/3以下のものについては,2㎜から64㎜までのものが総量の2/3以上であれば「ラピリストーン」,2㎜以下のものが総量の2/3以上であれば「凝灰岩」とし,残りを「火山礫凝灰岩」と名付けることになっている。

「大谷石」は,構成する火砕物の大半が64㎜以下の大きさであり,石材として利用される石のほぼすべてが「火山礫凝灰岩」に当たる。ただし,火砕物の主体が軽石であり,それが軽くて柔らかく断熱性が高いなどの「大谷石」の特徴を作り出す要因となっているので,単に「火山礫凝灰岩」と呼ぶのではなく,その特徴をも示す岩石名として「軽石火山礫凝灰岩(かるいしかざんれきぎょうかいがん)」を用いるのが適切である。

大谷石内の軽石,岩石片,「ミソ」

「大谷石」の説明に「軽石凝灰岩」が使われることが多いが,「大谷石」が2㎜以下の軽石を主体とした岩石と誤認されないためにも,この用語の使用は控えるべきである。

「大谷石」は,宇都宮市の北西部に広がる大谷層と呼ばれてきた地層群の中の厚さ200mほどの軽石火山礫凝灰岩からなる地層から採掘されている。軽石火山礫凝灰岩からなる地層として一括しているが,地層の下部から上部にかけて火砕物の種類やサイズあるいは「ミソ」と呼ばれる異質物の量やサイズが変化しており,見た目も石材としても異なる石として認識されている。この差異の詳細については,公益財団法人大谷地域整備公社が調査報告に用いている層準ユニット区分が有効適切であるので,それを利用することにする。以下括弧の中の層名(Ⅳ層など)がその区分名である。なお,宇都宮市美術館の出版物『石の街うつのみや―大谷石をめぐる近代建築と地域文化』(2017)の中で,大谷層全体の区分の概要や大谷石の中での差異が観察できる地点を紹介してあるので,参考にしていただければ幸いである。

最下部は安山岩(あんざんがん)や流紋岩(りゅうもんがん)の岩片を多量に含み,気泡(きほう)が少なく密度が高い(低発泡の,重い)軽石が主体になっている(Ⅴ層下部)。上位に向かって軽石の気泡は多く,大きくなり密度が低下した (高発泡の,軽い)軽石となり岩片の量は減少する(Ⅴ層上部)。岩片がほとんど入らなくなった辺りから「ミソ」が目立つようになり,軽石の大きさは下位より大きくなって握りこぶし程度のものも見られるようになる(Ⅳ層)。さらに上位に向うと,軽石は直径が数センチで高発泡のものばかりになり,「ミソ」の大きさも小さくなって均等に散らばるようになる(Ⅲ層)。最上部では軽石も「ミソ」もより細粒になるとともに同質同径のものが横に並び,境界が不明瞭な縞模様が見えるようになる(Ⅱ層)。なお,この上位には直径2cm程度以下の非常に発泡の良い軽石からなる礫岩層が積み重なり(Ⅰ層),さらに上位には砂状の粉末になった軽石が集まった砂岩層になっている(S1層)。「大谷石」の石材区分名である硬質荒目石(こうしつあらめいし)はⅤ層上部,軟質(なんしつ)荒目石はⅣ層,細目石(さいめいし)はⅢ層の岩石に対応するものである。各ユニットの厚さは,境界が漸移的であるため厳密には決められないが,採掘地域ごとにかなりの違いが認められる。上下方向の変化や場所による違いは,「大谷石」のもとになる火砕物の運ばれ方と堆積した場所の環境差により生じたものであるが,それについては次回以降に記す。


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