大谷エリアの環境資源 地上編 / 横尾 昇剛(宇都宮大学地域デザイン科学部教授)

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1. 大谷エリアの特徴 -高低差と温度差-

大谷エリアは、宇都宮市の中心部から約8kmの北西部に立地し、地形は南に向かって緩やかに傾斜している平坦な台地であり、標高は海抜140m~160mである。エリア内には、20m~30mの凝灰岩の岩山が点在し、岩山の側面には採石により形成された垂直面や洞窟面があり、奇岩群と採石跡が組み合わさった大谷エリアならではの固有な景観が広がっている。近隣の森林公園のエリアを含めると、大谷から古賀志山頂上の間に、標高差約500mの高低差があり、地下空間からの高低差も入れると約550mの高低差が存在している。そしてこの標高差、高低差は、夏季であれば、地表で30℃、古賀志山山頂で28℃、大谷地下空間で8℃と狭い範囲の中で大きな温度差を体感することが可能な場所である。

2. 大谷エリアの環境資源

大谷エリアには、固有の環境資源が存在している。ここでは、環境資源として、エリアを構成する自然的要素、人工物的要素などの諸要素を環境資源とする。

自然的要素は、大谷エリアの特徴である地形として、姿川を低地として、西側には多気山、古賀志山、東側には宝木台地が南北に伸びている中、平地には田んぼの田園風景が広がり、そうした中に、凝灰岩の小高い岩山が散在している。こちらの岩山の多くは、露天ぼりの採石の痕跡として垂直に切りだった壁面であったり、幾何学的形態と自然の風化作用により形成された複雑な造形が混在し、固有の風景をかたちづくっている。そうした大谷石の岩肌には様々な樹木や現在では希少であるがウチョウランなどが自生し、春夏秋冬で異なる彩りを生み出している。夏は、岩山の頂部や壁面には草花が濃密に生い茂り、自然と人工が、青空と田んぼの水面とのコントラストが強調された生命力を感じる風景が広がる。一方、冬場は、岩山頂部の木々や壁面の蔦が枯れることにより、大谷石の岩肌が露出し、輪郭が明確になり、陰影がより強調された風景が現れる。陰影の強度が他の地域よりも強く、訪れる季節や時々刻々と変化する太陽の光により、印象が大きく変化する。

人工的要素としては、産業遺構としての大谷石の採石場跡、大谷石の加工場跡、大谷石建物、岩山を利用した建物、大谷石蔵、大谷石による擁壁、石畳などが地上部には散在し、地下空間には地下空洞、地下冷水がこのエリアを構成している。また大谷石の岩山が露出した表面には、大谷石の採石の手彫りの痕跡が輪郭として残っており、陰影が強調された壁面に、大谷石の採石の歴史を視覚的に感じることができる。また大谷石の岩山周囲の平地部分には、田んぼや畑、また所々には耕作放棄地に作られた農業ハウスが立地し、里山の田園風景が取り囲むこうした環境資源が半径2km〜4kmの範囲に密度高く存在している。

図2 大谷エリアの立地図
左上から:古賀志山から風景、赤川ダム、多気山、越路岩、夏いちごハウス
右上から:大谷公園、岩山壁面と擁壁、採掘跡、大谷石建物、大谷石加工場跡

3. 過去から受け継ぐ環境資源を活用した新しい展開

大谷石そして大谷石にまつわる過去からの産業活動の形跡を上手に手入れしながら、現在、そして未来へとかたちや活動を変えながら創出されつつあり、そうした諸活動がこのエリアの固有の風景を消すのではなく、過去からの風景をベースに新たな要素として重なる形で構成されつつある。

大谷エリアにあるこれらの固有の環境資源は、過去の産業遺構や現代の大谷石の生産活動を対象とした産業ツーリズムの対象としての可能性、エリア内の高低差、温度差をウォーキング、サイクリングなどで体感する健康ツーリズムとしての可能性、地下冷水を利用した夏いちごや地域の農産物を対象としたアグリツーリズムとしての可能性、そしてこちらの3つを組み合わせた固有のツーリズムなど、これからの新しい取り組みの実践の場、新しい産業創出の場としてのポテンシャルを有している地域として見直されつつある。

先行した取り組みとして、大谷の地底湖ツアー、大谷石の岩山トレッキング、大谷の地下冷水の夏いちご栽培、大谷石加工場をリノベーションした多目的広場、大谷石の木端を利用した半地下農業ハウス、特徴ある廃屋となった建物をリノベーションした飲食空間などの点として取り組みや森林公園、徳次郎エリアの宇都宮アルプス近傍などを周遊する広域的なエリアでのサイクルツーリズムなどが展開しつつある。

大谷エリアの特徴的景観としては、地域住民・観光客共に「地上の大谷石の岩肌」を選んだ割合が最も多く、次に「地下空間」、「大谷観音、大谷寺、大谷石の建築」と続いた。これらより住民や観光客は大谷石のある景観が大谷地区らしく良好な景観と考えていることがわかる。

改善すべき景観として観光客・地域住民共に、「耕作放棄地・空き家」が最も多く、不足している街路環境として、観光客と地域住民共に「バス待合所」と「休憩所」との意見が多い。大谷の特徴ある景観を維持しながら、よりそうした部分を向上させるような整備が求められる。

図3 大谷エリアの景観について


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