大谷の環境資源で夏いちご / 横尾 昇剛(宇都宮大学地域デザイン科学部教授)

  • カテゴリ_産業・環境

1. 環境資源活用と農業

大谷エリアは大谷石の産業が衰退する中、人口減少、空き家、空き建物、耕作放棄地の増加など、エリア全体としての空洞化が進行し、エリア内での新しい産業の創出が求められている。

大谷の地下空間には、8℃〜15℃に冷えた地下冷水が大量にあることから、この冷水を「冷熱エネルギー」として位置付け、活用することが模索されている。そうした観点から、冷却を必要とする産業の一つとして、農業に着目し、その中で夏にいちごを栽培することに地下冷水を活用することが進められている。

通常のシーズンと異なる夏の時期にいちご栽培することで、付加価値のあるいちごを供給することができる。しかし夏の暑い時期にいちご栽培を行うためには、栽培空間を冷却する必要があり、冷房エネルギー消費と光熱費が大きく増加することが大きな問題となる。

大谷の環境資源である地下冷水を用いることで、冷却のためのネルギー消費を大幅に減らすことが出来れば、コスト的に競争力のあるいちごを生産・供給すること可能となる。加えて、大谷石の歴史性とエネルギー消費の少ない環境に配慮した栽培という環境性など多面的な付加価値を付与することが期待できる。

いちご栽培は、耕作放棄地を活用する点においても、大谷エリアの抱える課題への対応として合理的であり、夏いちご栽培の成長により、過去の産業遺構を活用しながら新たな産業創出と雇用を生む機会になることが期待される。


図1 地下冷水の活用イメージ図

2. 地下冷水を用いた夏いちごの冷やし方

夏いちごの栽培は、ハウス内で行われるがハウス全体を冷やすのではなく、クラウン冷却といういちごの株元だけを冷やす局所的に冷却する仕組みである。いちごの培地は、培地部分を高床式にした高設栽培方式とし、培地部分に冷水パイプを敷設し、クラウン部を冷やしたり、加えて培地内部を冷やすなどの仕組みもある。

地下冷水は、既存の試験孔や立坑からポンプで組み上げ、熱交換器を介してハウス側の循環系統から熱の授受を行った後、元の試験孔または立坑に戻すかたちとなっている。地下冷水の水量を一定に保つことができる。

図2に地下貯留水の熱のサイクルの概略図を示す。夏季は、外気よりも地下貯留水の方が温度が低いため、冷熱エネルギーとして地下貯留水が活用され、熱を吸収して戻ることで、水温が上昇する。夏季の熱需要が増加すると水温が上昇することが予想されるが、冬季にはいちごの暖房をヒートポンプで行うことで、ヒートポンプの排熱を冷熱として循環させることやフリークーリングにより地下貯留水を冷やすことができる。季節間蓄熱の考え方を適用し、冬季の期間、地下水を継続的に冷やす仕組みにすることで長期的に8℃~15℃で安定的に保たれる仕組みとなる。


図2 地下冷水利用と季節間蓄熱のイメージ図

クラウン冷却の概要図を示す(図3)。クラウン冷却は、配管に冷水や温水を循環させて、いちごのクラウンだけを夏季は冷やし、冬季は温める方法である。夏季は、クラウン部分を適温に冷却すると生育が促進され、果実が大きくなることと、花芽分化が安定するという効果がある。冷却するための冷水を冷凍機などで製造した場合は、コストがかかるが、年間の温度変化がない安定した水温の地下水等を利用することで、コストの大幅な削減が実現できる。夏季の冷却処理では、クラウン部で18℃〜20℃を目標とする。クラウン部の温度が15℃以下では展葉速度の低下、出蕾の遅延、草勢の低下になり、23℃以上では、品種によっては花芽分化が遅れてしまうことを考慮する必要がある1)。

現時点のシステムでの実測によると、水道水によるクラウン冷却と大谷の地下冷水によるクラン冷却を比較した場合、地下冷水によるクラン冷却は、50%〜60%エネルギー消費を少なくすることが可能である。またクラウン冷却に加えて、培地内も冷却することでいちごの収穫量が20%程度増加する。農作物の栽培プロセスにおける冷却の方法についても、様々な可能性があり、冷熱エネルギー活用の展開が期待される。


図3 クラウン冷却と冷却状況

3. 地下冷水のその他の活用

地下冷水のその他の農作物の活用としては、次のような事例がある。トマト栽培温室で、地下水・地中熱利用による各冷却装置を用いてミスト噴霧することによって、トマト収穫量が増加。冬季に地下水熱源ヒートポンプを利用することにより、慣行栽培と比較するとトマト加温、イチゴ加温ともにエネルギー消費量の削減が確認されている。

また、大谷エリアの環境資源活用した新しい農業ハウスとして、大谷石の木端を利用した半地下型の農業ハウスの構築も進められている。大谷石の木端積みや半地下型とすることで年間を通じて安定した温度調整が図りやすくなり、少ないエネルギーで農作物の栽培が可能となる。

各種活動の熱需要が高くなる場合は、大谷の地下貯留水の熱容量にも限りがあることから、持続的に地下冷水の活用するためには、地下貯留水の冷却メカニズムの把握と冷却メカニズムの維持する方策を同時に進めることが重要である。


写真1 大谷夏いちごの栽培風景(左上:クラウン冷却の高床式栽培、右上:立坑の地下冷水、左下:大谷夏いちご、右下:半地下型農業ハウス)

謝辞:本稿を執筆するにあたり、大谷エリア創再生エネルギー研究会、クラフトワーク(株)の関係各位に情報を提供いただきました。感謝の意を表します。

参考文献
1) 栗原地域農業研究・普及協議会、イチゴのクラウン温度制御実証技術マニュアル、平成23年


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