大谷石の産業建築 ―地域産業におけるものづくりの空間と風景― / 安森 亮雄(千葉大学大学院工学研究院教授)

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大谷石の建物は、家々の日常で使われた石蔵や、人々が集う公共的な建築だけでなく、工場などの産業建築が各地に建てられ、地域の産業を支えていた。大谷石の空間の中で、近隣で産出する原料が、河川や、日照、交通などの自然環境・都市環境を生かして加工され、ものづくりの文化が育まれたのである。

河川と街道沿いの大谷石の産業建築(宇都宮市中心市街地)

宇都宮市の中心市街地では、河川や街道に沿って産業建築をみることができる(図1)。


図1 河川・街道と大谷石の産業建築

かつての奥州街道(現在の大通りの一部)と釜川の交差部の近くには、酒蔵がある(虎屋本店,図2-1)。宇都宮は、かつて七水八河原と言われた水の郷であり、良質な湧き水と、消費や運搬に適した交通を求めて酒蔵が立地した。温湿度の管理に適した石蔵は、仕込み蔵として使われたのである。江戸時代中期に創業されたこの酒蔵は、市街地が高層化する現在でも操業している。また、酒蔵では、新酒ができると「蔵開き」をして、人々を招き入れる習慣があり、酒蔵として使われている石蔵を活用したジャズコンサートも開催されている。ものづくりの空間が、公共空間へと転用され、現代のまちづくりに生かされているのである1)。

田川に近い上河原通りには、味噌工場がある(青源味噌,図2-2)。江戸時代初期に創業したこの味噌蔵では、やはり良質な水と、近隣で産出した大豆や米を用い、温湿度が安定した石蔵で味噌が醸造された。換気のための越屋根(こしやね)と煙突もまちの風景となっている。さらに、ものづくり自体に大谷石の建物を用いるものではないが、やはり旧奥州街道の日野町通りでは、大谷石の倉庫のある材木店(シノザキ,図2-3)が栃木県産の材木の取り引きを担い、釜川支流のあさり川の小径に石壁の町並みを形成している。また、田川の上流では、石蔵を材料保管に用いる染工場(中川染工場,図2-4)がかつて真岡木綿を原料とした宮染めを生産しており、毎朝、石蔵越しに布を干す光景を見ることができる2)。


1.酒蔵(虎屋本店)


2.味噌工場(青源味噌)


3.材木倉庫(シノザキ)


4.染工場(中川染工場)
図2 大谷石の産業建築(宇都宮市中心市街地)

大谷石のタバコ乾燥小屋(宇都宮市郊外・清原地区)

宇都宮市郊外では近郊農業が盛んであり、清原地区ではかつてタバコの葉が栽培されていた。第二次世界大戦後に全国で生産が拡大し、「ベーハ小屋」(米国の葉に由来)と呼ばれるタバコ乾燥小屋が、各地に建てられた。通常は木造であるが、清原地区には大谷石造のものがあり、筆者らは現存する2棟を実地調査している3)。タバコ乾燥小屋は全国に普及したため、標準設計があり、標準形は、2間×2間(3.6m四方)の平面の2階建て、換気用の越屋根と作業用の下屋が付く。

清原地区の1棟は、この標準形を踏襲しており、2間の正方形平面に越屋根が付く(図3-1)。特徴的なのは、1階が大谷石造で、下屋が四周を取り囲んでいることである。耐熱性に優れた大谷石を建材として用い、大きな下屋は農作業に適した納屋の形態を反映したもので、標準形の地域的な展開と考えられる。

もう1棟のタバコ乾燥小屋は、2間×4間の平面で、全体が大谷石組積造の2階建てである(図3-2)。全体を大谷石で作ることで、蓄熱性や気密性が得られている。この形は市内で多く見られる石蔵と類似しており、石蔵の形態をもとに、タバコ乾燥の機能を加えたものと考えられる。

このように、全国に普及したタバコ産業では、小屋の標準形における地域素材の活用と、地域固有の石蔵における用途の拡張という、双方向のあり方が見られる。ここでは、建築の類型(タイポロジー)における、標準化(スタンダード)と地域化(ヴァナキュラー)という、産業を背景とした建築文化の交流が見られるのである。


1.1階大谷石


2.全体大谷石
図3 大谷石のタバコ乾燥小屋(宇都宮市清原地区)

大谷石のノコギリ屋根工場(群馬県桐生市)

大谷石の建物は、近隣地域の産業も支えていた。群馬県桐生市では、織物産業が盛んであり、明治期から昭和初期にかけて多数のノコギリ屋根工場が建てられた。大半は木造であるが、大谷石を用いた工場もあり、宇都宮の大谷石産業と、桐生の織物産業という両毛地域の産業の交流が見られる。ノコギリ屋根工場の発祥は、産業革命期のイギリスに遡り、絹織物の検品のために北面の間接光を取り入れる屋根の形をしており、織物産業に特有の類型(タイポロジー)である。筆者らは、これらの大谷石造のノコギリ屋根工場を実地調査している4)。

ノコギリ屋根工場は、屋根の単位を反復し、生産規模に応じた面積となっている。木造の場合は通常1〜3連であるが、大谷石の工場は5連や6連など大規模なものが多く、生産力が高く資金が豊富な工場で、堅牢な大谷石造の工場が建てられたと考えられる(図4)。中には、アーチ窓や丸柱などの装飾が見られるものもある。第二次世界大戦中は、軍需工場として使われたものもあり、戦後は、織物産業の衰退に伴い、倉庫に転用されたり、使われなかったりした時期もあったが、近年、活用が進められている。大谷石の安定した室内環境を生かしたワイン貯蔵庫や、広い空間と採光を生かしたギャラリー、店舗などに使われ、周辺の都市環境の変化の中で生き長らえ、地域の産業の歴史を伝えつつ、現在のまちの魅力に貢献している。


図4 ノコギリ屋根工場(群馬県桐生市)

このように、大谷石の産業建築は、石の特性を生かしながら地域の産業を支えてきた。そこでは、合理性を求められる産業建築ならではの建物の型(タイポロジー)が、世界や日本の産業発展との交流の中で位置づいており、石の空間でものづくりの文化が育まれ、石の外観が都市の風景を形成し、現在それらの活用を含めて、都市の中で息づいているのである。

 

参考文献
1) 塚本琢也,安森亮雄他:酒蔵における設えと蔵開きからみたモノ・建築・都市の連関 地域産業におけるものづくりの空間に関する研究(5),日本建築学会大会学術講演梗概集,建築歴史・意匠,pp.371-372,2019年9月
2) 安森亮雄,福沢潤哉他:注染の染工場における布からみた設いと表出 -地域産業のものづくり空間における もの・建築・都市の関係の研究-,日本建築学会計画系論文集 第86巻 第781号,pp.1135-1145, 2021年3月
3) 小林基澄,安森亮雄:宇都宮市清原地区における大谷石造タバコ乾燥小屋の空間構成 栃木県宇都宮市を中心とする大谷石建造物に関する研究(19),日本建築学会大会学術講演梗概集,建築歴史・意匠,2021年 8月
4) 佐藤克哉,安森亮雄他:群馬県桐生市における大谷石造ノコギリ屋根工場の構成と増改築 栃木県宇都宮市を中心とする大谷石建造物に関する研究(17),日本建築学会大会学術講演梗概集,建築歴史・意匠,pp.373-374,2019年9月


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