大谷エリアの環境資源 地下編 / 横尾 昇剛(宇都宮大学地域デザイン科学部教授)

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1. 大谷の地下空間の特性

大谷エリアには、東西約3km、南北約5.5kmの範囲に大谷石採取場跡地が存在し、大谷石を採石した跡として地下空間が形成されている。大谷石の採石場跡は、約250ヶ所あり、一部では露天掘りも行われているが、多くは地下空間であり、地表から地下空間底部までの深さは50m〜100mの坑内掘りである。また下に掘り下げる平場掘りと横に掘っていく垣根掘りで、それぞれの掘り方が溝のかたちで名残として表れている。

坑内掘りは、横坑型と立坑型があり、坑内では柱型に残す形で採石を行なう残柱式の坑内空間が広がっている。残柱は高さ9m〜24m程度、幅は10m程度の矩形柱状に残されている。重厚な列柱が配列された地下神殿を彷彿する様相を呈している。

地下空間の気温は低く、夏季は15℃、冬季は5℃程度の環境が維持されている。23箇所の大谷石採石場跡地の地下空間の調査によると貯留する地下水は、最低水温9℃、最高水温16.3℃、平均12.9℃で分布している。通常の地下水温度が15℃程度であることから、大谷エリアの地下水は、より冷却効果が期待できる冷水が大量に存在する。冷却能力として、水道水と比較して約14万GJの冷熱量を有していると推定されている。

大谷の地下冷水が一般の地下水に比べて低くなっている理由は、現時点では明らかになっていないが、冬季の低温の外気が地下空間に流入することで地下空間の岩盤が冷やされ、夏季は高温の外気温は、地下の冷えた空気より相対的に気圧が高く、地下空間には流入しにくいことから、冷えた状態が維持され、恒常的に冷えた地下空間と冷えた地下貯留水が形成されていると推定される。


写真1 地下採石場跡


写真2 採石場跡の地下貯留水


図1 大谷石の採掘方式概要図

2. 大谷の地下空間を活用した先行事例

大谷エリアの地下に広大に広がった地下採石後の空間と地下貯留水は、当初は利用価値がなく、この地域の課題として見られていた。近年、こうした空間を地域の固有の環境資源として見直し、現代のニーズに対応した新たな産業活動、アクティビティに活用することが始まりつつある。

先行的な取り組みとして、地下空間と地下に大量に溜まった冷水を地底湖として見立てた地底湖クルーズが行われ、大谷ならではの特別な体験を提供する機会として国内外からの訪問者が増えている。また地下空間は年間を通じて5℃〜15℃程度の安定した気温が保持されている。これらの冷えた空間を活かして、食品や飲み物の貯蔵、熟成空間として利用されている。

通常、5℃〜15℃の空間を維持するには、大量のエネルギーが投入され続け、大量のCO2排出量を誘発し、気候変動問題に影響を及ぼす。省エネ省CO2が喫緊に求められている社会情勢の中で、化石燃料を使わず、歴史的な産業遺構の空間の中で、自然エネルギーによる製造プロセスでつくられる製品は、こうした地域固有の環境資源の活用による製造プロセスの環境配慮型への転換により、付加価値を持った製品として位置付けることができる。


図2 大谷エリアで進展しつつある各種の取り組み

3. 固有の環境資源である地下冷水の新たな活用と新たな産業の創出

大谷の冷えた地下空間や地下水は、新たなアクティビティ、新たな産業活動を創出する場として期待される。特に大谷地下空間に貯留されている自然の恵みとしての冷熱エネルギーは、多様な用途の冷却に活用することが可能である。

現代の社会的問題や社会ニーズとしては、情報化の進展によるデータセンターの発熱を冷却するためのエネルギー消費の増大、食品などの冷蔵冷凍ニーズ増加によるエネルギー消費の増大、夏季の高温化による冷房エネルギー増大、室内の温熱環境の悪化による労働性の低下、屋外活動での熱中症などの健康被害があげられる。こうした問題などに対して、大谷の冷えた地下空間、地下冷水は活用することができ、そうした取り組みの中から、この地域ならではの新しい産業や働き方が生まれることが期待できる。

・データセンターのサーバー冷却:冷却エネルギーの削減、情報処理速度の向上寄与
・夏季の農業ハウスの冷却:農作物などの多様化、製造コストの低減
・建築空間の冷房:冷房エネルギー削減、夏季日中の電力ピークカットへの寄与
・食料品の冷蔵・冷凍:食品倉庫、飲食店や物販店の冷蔵庫の冷蔵エネルギー削減
・バス停などの外部での待合空間の冷却:熱中症予防、軽減
・サマーオフィスの冷却:自然冷却で冷えた大谷の岩山で囲われた半屋外空間での執務環境による執務環境のプロダクティビティ向上

大谷の地下空間の熱的な特性には未開の部分もあり、冷熱エネルギーとしての賦存量や恒常的に利用する上での持続可能性などを明らかにする必要がある。地下の空間や地下冷水をエネルギーの観点から見直すことで、多様な利用方法を創出することや、利用の組み合わせによる相乗効果も期待される。


写真3 立坑(左:見上げ風景、右:見下ろし風景)

謝辞:本稿を執筆するにあたり、大谷エリア創再生エネルギー研究会の関係各位に情報を提供いただきました。感謝の意を表します。


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